- 作者: 岡本隆司
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2018/07/06
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (5件) を見る
まずもって西欧が辺境の文明であった、という理解が新鮮である。本書は、西欧が世界制覇して以降、自分たちの起源をいわば権威付けするようにして作ったとして、ギリシア・ローマ文明-->中世の暗黒時代-->ルネサンスによる再生、という物語を否定している。本書によればギリシア・ローマ文明は基本的にオリエントの文明であり、4-5世紀の気候寒冷化によって西欧がオリエント-ローマ文明から切り離されて以降も、東半部のローマ帝国はオリエントの一部として繁栄を続けたとみなせるのである。オリエント文明は、サーサーン朝ペルシアとローマ帝国の東西分立をイスラムによる統一によって克服した後は、イスラム文明に発展解消して繁栄を続ける。続くモンゴル帝国が、西のオリエント-イスラム文明と東の中国文明を、中央アジアを介して大統合した後も、西欧は依然として辺境の目立たない文明であり続けた。
本書では西欧近代文明の登場を、辺境であった西欧においてもさらに辺境にあったイギリスの興隆によって端的に説明している。とりわけ注目されるのは、飛躍的な経済発展を後押しした、イギリス国家が果たした役割である。西欧(イギリス)がなしとげた「産業革命」「科学革命」「軍事革命」は、膨大な資本を必要とした。アジアに存在していた資本とは比較にならない規模の大資本を形成するために、国債発行を通じた財政の拡大が重要な役割をはたした。また、大資本の形成に必要な「信用」の劇的な拡大を可能にしたのは、「法の支配」に基づく政府による「広域の金融管理・市場規制」であった。
こうして始まった、金融を通じた資本の拡大は現代に至るまで続いている。本書でも末尾で触れられているように、明治維新以来、日本の政府も国民も、西欧近代文明の衝撃を受けこうした流れに巻き込まれ続けている。最近数十年の一連の政府の施策、すなわち、資本取引の自由化・国際化や、法人税を下げ所得税の累進課税を緩和するかわりに消費税を上げ続けている税制改正(これは企業側に、株主への配当を増やすかわりに従業員の賃金を抑制することを促す)は、ことごとく資本が金融を通じて世界的に拡大していく動きを強める方向に作用しているようにみえる。
しかし反面こうした動きは、国民の間の経済格差を拡大させ、国民国家の内実をどんどん不安定にしている。本書で説明されているとおり、資本主義の社会的な基盤は国民国家による「法の支配」であるが、国民国家がこのまま不安定になっていっても資本の拡大はこのまま続いていくのだろうか。怒れる諸国民と、国際金融資本の利益を多分に代表するであろう国際機関の対立の構図は、資本主義の故郷である西欧では、最近の反EU運動において典型的に現れているように思う。金融が動かす世界史のうねりは、今後もより激しくなっていくだろうという予感が尽きない。