緊縮主義のはじまり:「日本政治の対立軸」大嶽秀夫

 

 新型コロナウィルス感染症蔓延に対応するため、政府の大規模な財政出動が行われようとしている。それ自体は必要なことであるし、今後もっと規模が拡大されるべきだと思う。しかし、この間、政府の意思決定は迷走しており、対応策の出方は二転三転している。この背景には、意思決定を行う政治家たちの意識の中に依然として残る緊縮主義がある。緊縮主義とは、財政均衡へのこだわりであり、具体的には、単年度での財政収支(プライマリーバランス)の黒字化達成へのこだわりである。

 ここ数十年続いている緊縮主義の源は、1999年に出版された本書に詳しく書かれているように、ネオ・リベラル(新自由主義)の思潮である。本書によれば、1990年代以前は安全保障に対する対立軸(保守・革新)が顕著であったが、1990年代以降、「社会民主主義」(大きな政府)か、「新自由主義」(小さな政府)かという新しい対立軸が出てきたという。

 しかし本書によれば20年ほど前の1999年の時点では、「新自由主義」は冷戦の終焉という社会的な背景の中で表面上明確な抵抗もなく社会に受け入れられ、対立軸になることはなかった。1990年代にはじまった不況下で新自由主義は、その克服に必要な処方箋として期待されていたようである。本書によれば、新自由主義とは、「民営化、規制緩和、予算削減」(本書、p46)といった一連の政策プログラムを提供する考え方である。また、当時の日本経済に対しては「九〇年代末の全世界的な生産力の過剰という事態の中では、生産力過剰となった産業における設備調整と将来性のある産業への設備投資の重点の転換が不可避」(p170)という認識である。

こうした新自由主義的な考え方に基づいて橋本龍太郎内閣(1996-1998)は、3%から5%への消費税率引き上げと財務省金融庁の設置などの一連の政策を行い、財政再建に邁進することになった。結果としてこの時期にデフレが定着し、以来20年、デフレ下での財政均衡追求という悪夢が続くことになった。

本書を読むと、財政均衡追求に対するこだわりは、1980年代からずっと続く傾向であり、現代日本の多くの政治家が今もなお持ち続けていると思う。新型コロナウィルスに対する緊急対応で一時的に財政拡大が行われるであろうが、財政均衡に対するこだわりから、このままだとコロナウィルス収束後に予想される再デフレ状況のもとでも増税が行われることになるだろう。

本書には、財政金融のマクロ政策が経済におおきく影響するという考え方は無く、経済状況を自然現象のように所与のものとし社会構造をそれに合わせて変化させるべきという考え方がみられ、実際にこれまで、民意も政治家たちもその考え方に影響されてきたように思う。コロナウィルスの危機を克服する中で、民意が変わりそれが政治家たちの考え方を変え、20年続いているこの状況が変化することを切に望んでいる。