温暖化に支えられた「馬の世界」の繁栄:草原の制覇:大モンゴルまで

 
 

岩波の新しい中国史シリーズの第3巻は、中国華北地方の北に広がる広大な草原世界にかかわる国々の興亡に焦点を当てている。

一読して目を引かれるのが、隋唐の大帝国は、秦漢の中華帝国の伝統を引き継ぐとともに騎馬遊牧民の出自をもった一連の系譜「タブガチ国家」の頂点なのだということである。騎馬遊牧民の機動力なくしてあの大版図は決して実現されえなかった。唐の李氏は中華皇帝であるとともに、草原世界を束ねる可汗でもあった。

もうひとつの読みどころはトルコ系民族(テュルク人)の活躍である。10世紀以降、テュルク人は草原の西方に展開しトルキスタンを形成しセルジューク大帝国を建設するとともに西方の国々で傭兵(マムルーク)として活躍するが、東方でも「沙陀」として中原に進出し騎馬遊牧民としての機動力を背景に政局の鍵を握る。最終的に五代十国の分裂を克服し中国を再統一する宋王朝も沙陀軍閥から生まれており、一連の「沙陀」系王朝のひとつとみなすことができるのである。

十世紀から十二世紀にかけて次々に騎馬遊牧民族の王朝が立ち上がるが、その最初となったのが「契丹」である。彼らのユニークなところは、タブガチのように中原に浸透し漢化するのではなく、北方で独自性を保ちながら安定的な国家体制を建設したことである。彼らの後に興った女真もモンゴルもそれにならっている。興味深いのは華北から契丹の版図にやってきて植民する農耕民が数多くいたことである。これは当時生じていた温暖化によって農耕可能な領域が北上していたことが関係していると思う。逆に三世紀にタブガチをはじめとする遊牧民華北まで南下したのは当時の寒冷化の影響による。

一連の騎馬遊牧民族王朝の最後にモンゴルが興り、ユーラシア全域にまたがる大統合を実現する。ユーラシア北方の「馬の世界」は南方の「船の世界」と密接に結合されその繁栄をきわめる。しかしこの繁栄も「十四世紀の危機」をもたらす寒冷化によって終わりを迎える。以後、歴史を動かす重心は「馬の世界」に戻ることはなく「船の世界」に移る。十七世紀にモンゴルに匹敵する規模の大統合を実現する女真は、世界的な「大交易時代」の流れに乗って富を蓄積した商業・軍事勢力だったのである。