インテリジェンスと正規軍:「現代ロシアの軍事戦略」 小泉悠

2014年のクリミア併合以来、ロシア軍の活動が活発になっているように思える。クリミア半島にいきなり黒覆面の兵士たちが現れ、あれよあれよという間に住民投票でロシアにクリミアが併合されてしまった。クリミア併合以来、ウクライナ紛争、シリアへの軍事介入、2020年に起きたアゼルバイジャンアルメニア戦争への介入など、ロシア軍の活動を目にする機会は数多い。この間、ロシア軍の活動は従来の意味での純軍事的な範疇にとどまらず、サイバー攻撃や、インターネットを通じた世論誘導、民間軍事会社の活用など、ハイブリッド戦争の様相を呈している。

一連のロシア軍の目立った活動の詳細とその背景を、多くの一次文献を逐次参照しながら丁寧に解説してくれるのが本書である。興味深いのは、ロシアの軍事行動の背景にあるのは、ロシアの強さというよりは弱さであり、冷戦終結以来、安全保障のための勢力範囲を縮小させ続けたロシアの強い危機感だということである。ロシアは経済的には大国といえないが、安全保障のために自ら国際秩序を作りだしていこうとする意思と実力において依然として大国であり続けている。

注目すべきところは、ハイブリッドな戦争の状況下であってもロシア軍は依然として正規軍の軍事力を効果的に使っているところである。ウクライナ紛争においても最終的に停戦合意に至ったのはロシア正規軍が投入されてウクライナ東部の分立を決定づけたからであり、アゼルバイジャンアルメニア戦争の停戦も、ロシア正規軍が間に入って交戦勢力の切り離しを確定したことによってはじめて実効的になった。

ここでハイブリッドな戦争と言っているのは従来であればインテリジェンス(諜報戦・心理戦)の活動領域と言われていたところが多く、昔も今もその重要性は変わらない。軍事力を背景にインテリジェンス活動を行って有利な状況を作り出し、最終的にその状況を確定させるために必要であれば正規軍の軍事力を実際に使うというロシア軍の正統的な戦略というものがはっきり見えてくる。

「弱い」ロシアの軍事戦略には、「弱い」日本もみならうべきところが数多くあるのではないか。今後、日本の周辺で軍事的な危機が起こる可能性はゼロではない。そのときに備え、インテリジェンス能力を強化し、また「正規軍」の力もいざというときに効果的に使うことも想定して強化しておくことが必要なのだろう。