「オールウェイズ・カミングホーム」は、2万年後の地球を舞台に、ケシュ族という人類の末裔の営みを描いている。ケシュ族のありようは、北米先住民族の文化に似ているようであり、ル=グインの父親が北米先住民族の研究者であったことを想いおこさせる。
興味深いのは、ケシュ族が、地球外までひろがるAIネットワークである「心の市」(City of Mind)にアクセスしているところだ。この設定こそ作品を、北米先住民族のありようから着想した寓話ではなく、人類の未来を想像させるSFたらしめている重要な点だと思う。
ケシュ族はこうした高度技術にあまり頼らない抑制的な生活様式を維持しており、社会構造も階層的・抑圧的でなく、平和を重んじている。重要なのは、攻撃的・抑圧的なコンドル族への対応でもわかるように、彼らが、高度技術や他の社会のあり方を知りながら、自覚的に自らの生活様式を選択しているところだ。
読者としてはさらに、地球外に人類の末裔(ポスト・ヒューマン)がAIとともに活動していると考え、工作者・機械主義者シリーズでブルース・スターリングの想像する未来と接続していると考えたくなる。
なぜそう考えるかというと、ケシュ族の時代よりさらに未来、別の文化に属するであろう考古学者パンデラが、AIのデータベースを調べて、生活様式や神話、物語などの考古学的資料を参照しているという重層的な設定になっているからだ。
ケシュ族は高度技術の存在を認めながら自覚的に自身の文化を選択しているし、さらに地球外のポストヒューマンたちと無意識のうちに共存していると考えるのが、読者として楽しくなる。「オールウェイズ・カミングホーム」は1985年の作品で、ル=グィンは1980年代初頭に現れたスターリングたちのサイバーパンクSFを高く評価している。作品に登場するAIが、サイバーパンクSFから着想を得たものであってもおかしくない。
SFやファンタジーを読む楽しみのひとつは、未来の感触、今ここの現実が変わりうるという感触を会得することだ。ル=グインが描くようなエコトピアの未来も、スターリングが描くようなサイバーパンクの未来も、どれもありうるし、自覚的に選択できる。そう考えることは、人間が将来成すことのできる様々なことがらの可能性を考えるうえできっと大事なことだ。

