「しあわせ」であるということ: 「白熱光」 グレッグ・イーガン

白熱光 (ハヤカワ文庫SF)

白熱光 (ハヤカワ文庫SF)

いま彼らはしあわせ?」(文庫版、p366)

遠い未来、人類の子孫は、地球以外で発生した有機体(DNA)起源の生物、さらにはソフトウェア由来の人工生命など多種多様な知的生物たちとともに銀河系の周辺部分(銀河円盤)において「融合世界」という文明をつくりあげた。ありあまる好奇心と探究心を持ちながら退屈を持てあますラケシュのもとに、ある時、「孤高世界」という銀河中心部にある謎の文明世界から、未知のDNA起源の生物痕跡が残る岩塊(メテオ)探索の依頼が届く、、、という魅惑的な出だしで始まる久々のイーガンの宇宙SF長編である。文庫化されたのを幸いにすぐに読んでみた。

以上のように始まる遠未来の話(奇数章)は、従来のイーガンの小説の題材や舞台装置がたくさん出てきて、快適に楽しく読むことができる。一方、未知の時代に未知の天体上で暮らす昆虫のような知的生物が世界の物理法則を解明していく、という偶数章は、なかなか具体的なイメージがつかめず読むのに難渋した。しかし最後までざっと読んでみて解説も読むと、全体像がわかってきてこの部分を再読するのは楽しい。書いてある内容を逐一丁寧に読めば、理解できるようになっていることがわかる。そもそも最初に読んでいるときは、文章として理解できていないのだ。物理や数学の内容を理解するためにはまず国語の能力が必要なのだ、と実感する。

最後は奇数章と偶数章がある意味で繋がり、しあわせに生きるとはどういうことか、という倫理的な問いをめぐってすべての登場生物たちが悪戦苦闘を重ねるところで物語は終わる。謎の孤高世界の在り様も、この問いに対するありうる解答のひとつとして示唆される。ところで、今ここでありうべき「しあわせ」を考えるならば、若いときならいざ知らず、日本でバブル崩壊とその後の失われた二十年というおそるべき人災を経験した身になってみると、「仕事を終えた彼らが求めるのは、食べ物と、性交と、睡眠だった」(文庫版、p392)ということがいかに大事であるか身にしみて思う。今や日本社会は、そこに住む人々に最も大事なこの三つを十分に与えることさえできなくなってしまったのだ。。。

ともあれ、つい十年前に書かれたものであるにもかかわらず、エドモンド・ハミルトン描くところの銀河社会(銀河大戦!)や、ヴァン・ヴォークトの「宇宙船ビーグル号」の雰囲気にも近い遠未来SFの懐かしい味わいを思い切り楽しむことができた。宇宙空間の途方もない広さを考えると、銀河文明をつくりあげるには、「不死」が必要だとも思った。