より良い選択をするために: 「マクロ経済学の核心」  飯田泰之

マクロ経済学の核心 (光文社新書)

マクロ経済学の核心 (光文社新書)

2012年に出版された「飯田のミクロ」の姉妹編として企画された本書であるが、5年待ってついに読めたのが嬉しい。個人や企業の個別行動を分析の対象とするミクロ経済学と異なり、マクロ経済学は、国内総生産GDP)や、失業率、物価など国民経済の状態を表わすマクロな統計量の変動を対象とすることが大きな特徴である。

本書は、変動の「時間視野」(時間スケール)に沿って、物価が変動しない1年以内のごく短期の経済から、数年くらいで物価が変動することも織り込んだ期間の経済、さらには数十年以上の長期にわたる期間の経済の変動を、それぞれ異なるモデルをパッチワークのようにつなげて分析するという立場で叙述している。この立場はわかりやすく、実際の経済を観察することに役立つと思う。特に、短期の景気循環と長期の経済変動の関係を、経済成長の「傾向線」に沿いつつ「人手不足の壁と基礎需要の天井」をめぐって、「加速度的に加熱・悪化する」景気循環の様子として捉えるのはわかりやすい描像だと思う。

マクロ経済学に与えられた社会的使命は、長期の「傾向線」を引き上げていくこと(成長政策)と、そのまわりの景気循環の変動をやわらげること(安定政策)を提案することである。マクロ経済のモデルを現実に適用するにあたっては、実際の経済状況がどうなっているか(例えば、総需要と供給能力のどちらが上回っているか)によって適用するべきモデルが異なってくるので、現実の経済を統計的に分析することがとても重要となる。

本書の最も興味深い読みどころは、いまの日本経済が直面している状況を理解する助けになりそうな、雇用と物価の変動を取りあつかう第5章だ。マクロ経済の指標においては、物価がなかなか上がらないのに、雇用者は増え続け、失業率も低下の傾向が続いている。この状況は、金融政策を中心としたリフレ政策によって右下がりの総需要(AD)曲線が右シフトしている一方、従来就業をあきらめていた人々が続々と労働市場に参入することで右上がりの総供給(AS)曲線も右シフトしている状況であると理解できる。時々おこる失業率の一時的な悪化も、就労希望者が増えているために、失業率算出の分母が大きくなっているためなのである。この状況から導かれる今後の方向性は、物価を上昇させようとするリフレ政策が失敗しているので政策を転換することでは決してなく、たんに「もっとやる」ということだろう。

「もっとやる」ためには、金融政策中心の従来の進め方に加え、財政も拡張していくような、政府・日銀が一体となった政策協調が必要だろう。財政の拡張については、本書は教科書として「中立的な記述を心がけ」(p7)ているためであろうか、財源論に言及しているところ(p174-178)は、やや慎重な記述となっている。拡張財政の最終的なコストは、現在の日本の場合はどの程度のインフレを許容するかということだと理解できる。デフレとして需給ギャップが生じているのであれば、日銀が吸収した国債の償還は事実上やらなくてよいのだから、この場合需給ギャップそのものが財源となるのでは、と思ってしまう。

ともあれ著者も冒頭で述べているように、現代の日本では、マクロ経済政策の進め方は、国民一人一人の生活に著しい影響を与える状況となっている。現実の経済をよく理解し、経済状況が少しでも良くなるように、有権者としてより良い選択をするために役立つ本書のような教科書が、入手しやすい新書として提供されたのはとてもありがたいことだと思う。