複雑な大気海洋システムへの飽くなき挑戦:「地球温暖化はなぜ起こるのか」真鍋淑郎、アンソニー・Jr・ブロッコリー

地球温暖化はなぜ起こるのか 気候モデルで探る 過去・現在・未来の地球 (ブルーバックス)

本書は2021年に、「複雑な物理システムの理解への貢献」(本書、p272)に対してノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏が、共著者のブロッコリー氏とともに、これまでの仕事についてまとめて書いたものだ。

今から70年近く前の1958年、真鍋氏は、米国で新しい研究所(地球流体力学研究所)を立ち上げていたスマゴリンスキーから誘われて研究所のチームに加わった。その頃までに米国では、地球の大気循環をモデルによる計算で表現(シミュレーション)する試みがはじまっており、真鍋氏はこれに水循環を加える仕事に携わった。こうして1960年代には最初の大気大循環シミュレーションモデルが完成し、やがて海洋大循環モデルと結合させることで、最初の地球の気候変動予測モデルが完成することになる。真鍋氏はその流れを先頭に立って推進した研究者である。

その最初の成果として真鍋氏は、大気の鉛直分布を比較的簡明な一次元モデルでシミュレーションした(Manabe and Strickler 1964)。これこそ、大気の温室効果のメカニズムを現実の大気分布に即してはじめて定量的に示した成果であり、ノーベル賞の受賞理由にあるとおり複雑な物理システムへの理解に迫る重要な結果を得ることとなった。鉛直の一次元のモデルだけで、観測された大気の分布を見事に再現している様子(p59、図3.4)は本当に素晴らしいと思う。

本書で真鍋氏が心を砕いたのは、地表も大気もなぜ温暖化するかという根幹部分の説明であり、これを端的に述べている第一章から読みごたえがある。これにめげず、真鍋氏以前の研究を述べる第二章と、真鍋氏による1次元モデルの結果を述べている第三章まで読むとさらに理解が深まるように思う。

まずもって、対流圏の大気は二酸化炭素や水蒸気などによる長波放射の射出と吸収により、冷却されている(p58、図3.3)、という事実を理解することが肝要である。その裏返しで、対流圏はその上層の成層圏と下層の地表を加熱している。

二酸化炭素が増えれば長波放射の射出と吸収はともに増えるが、対流圏では地上に近いほど気温が高いので、(絶対温度の四乗に比例して)吸収と射出の増加は地上に近いほど大きく、上空ほど小さくなる。結果として地表はより加熱され、成層圏はより冷却される。加熱された地表から大気が対流してさらに熱を運ぶ。その結果、気温も上昇する。このような対流圏の気温上昇と成層圏の気温低下は、ここ数十年で実際に観測される事実となった。

真鍋氏をはじめとする初期の研究者たちが直面したのは、二酸化炭素の濃度変化に対してどれくらい平均気温が変化するかという「気候感度」(第6章)の不確実性であった。この問題に取り組むため、気候モデルは過去の気候変化をどれくらい再現できるかという研究にも使われるようになった。現在に至るまで気候感度の不確実性は必ずしも解消されたとはいえないが、真鍋氏らの30年前の予測結果は今日の気候変化をおおむね予測することに成功している(Stouffer and Manabe 2017)。

真鍋氏の真骨頂は、複雑な気候システムを可能な限り簡明なモデルで表現し、様々な角度からモデルシミュレーションを行って分析しメカニズムの理解を進めることにあり、本書ではこれまでの研究の集大成として、それが十二分に示されているといえる。