信頼を担保するのは経済の予測可能性である: 「安心社会から信頼社会へ」 山岸俊雄

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

本書は様々な実験結果をもとに社会心理学の立場から、社会の成り立ちについての面白いアイディアを示している。具体的には、固定的な人間関係に基づく「安心」社会と、流動的な人間関係に基づく「信頼」社会という二つの類型があるとして、これからの日本社会は「安心」社会より「信頼」社会への志向を追求するべきではないかと結論している。

古くからの村落共同体や、終身雇用慣行に基づいたいわゆる「日本型」企業のあり方は、本書でいう固定的な人間関係による「安心」の確保に重きを置いているとされている。本書が最初に書かれた1999年は、行政改革と消費増税による緊縮財政でいっきにデフレが深化し今日に至る本格的な経済停滞が始まった頃である。本書は、こうした停滞社会においては、「安心」社会は割に合わなくなった(本書で言う「機会費用」が高くつくようになった)ので、一般的「信頼」に基づく社会のほうが望ましいと主張している。それは例えば、雇用慣行の見直しによって解雇規制を緩和していくべき、という提言につながっていく。固定的な人間関係をもたらす正規(終身)雇用においては、「学歴」という統計情報を使った差別によって機会費用を減らす必要があったが、流動的な人間関係を伴う非正規雇用においては「学歴」による差別を用いて機会費用を減らす必要がなくなるのである。

しかし、デフレによって生じた停滞社会においては、正規雇用の限られたパイをめぐって「学歴」による就職差別がなくなることはない、ということがこの20年の経験で明らかになった。デフレではなく経済成長によって雇用が常に増加していく状況において雇用の流動化は、一般的「信頼」に基づく開かれた社会を作り出す方向に作用したであろうが、デフレで雇用が減少していく状況においては固定的な人間関係の特権化(正規雇用の特権化)をもたらしたのである。結局のところ、本書で言う一般的「信頼」を担保するには、適切な経済政策を行うことによって、経済の予測可能性を確実にすることが必要ではないのだろうか。