なぜデフレを放置してはいけないか 人手不足経済で甦るアベノミクス (PHP新書)
- 作者: 岩田規久男
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2019/05/17
- メディア: Kindle版
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本書では、前日銀副総裁として、前例のない大規模な「量的・質的金融緩和」(Quantitative Qualitative Easing: QQE)を2013年4月から5年間にわたって実行した著者が、その経験をふまえ、豊富な図表を交えて日本経済の過去をふりかえるとともに、ありうべき未来を展望している。
重要な論点は、結果としてQQEによって2%のインフレ目標を達成できなかった(2018年3月で0.5%弱、本書p121図表3-15)理由である。これを著者は、2014年4月の「消費増税後、労働者(その他の人びとも)の予想インフレ率が低下したこと」(p141)であるとし、財政緊縮度を引き下げる財政政策を採用することにより、金融政策と財政政策が協調する「リフレ・レジーム」(第五章)を実現することが必要だと説く。
思えばQQEは、著者がリフレ―ション(通貨膨張)政策として「デフレの経済学」(2001年)で提案していた「インフレターゲット付き長期国債買い切りオペ増額の提案」(同書、p350)そのものであった。QQEは、以下の3とおりの経路を通じてインフレ目標を達成するとされている。1) 金利低下の経路 、2) 資産価格の経路、3) 為替レートの経路、である。昔、「デフレの経済学」を読んだときは、直接の貸し出しにはまわらないはずの日銀当座預金残高(現金とともにマネタリーベースの一部)を増やすだけでどうしてインフレにできるのかという疑問をもった。
QQE開始後起こったことは、長期国債の多くを日銀が買い切ったために、銀行やその他の投資家が資産選択の内容を変更し、新たに内外の債券や株式を買い増すことで、円を内外に放出したことであった。そのため、債券の価格が上昇(金利が低下)し、株式の価格も上昇(資産価格が上昇)し、円安が生じた(為替レートが切り下がった)。これ自体は予想どおりであり、本書の図表(図表3-12, p121と図表3-13, p122)に明白な事実として示されている。結果としてインフレ率も2%近くまで上昇した。
一方で、返却の必要のない日銀当座預金を大幅に増やすことで、銀行の貸し出しを促進する、という当初言われていたもうひとつの経路は、あったとしてもそれほど顕著ではなかった。本書でもこれに関する明確な言及は無いし、そもそも「デフレの経済学」でも、QQEにおいて必ずしも銀行の貸し出しが増えない可能性が、1930年代の米国の大恐慌からの回復過程を引用して示されている(同書、p355)。
開始当初の2013年は予想どおり順調に作動したQQEであったが、2014年4月の消費増税をはじめとする財政緊縮によって迷走を余儀なくされている。本書によれば、年金生活者と非正規雇用者の増加によって、日本経済は消費増税に対し脆弱になってしまった。結果として、予想インフレ率上昇の経路が大きくゆがめられてしまったのである。
デフレから完全に脱却し日本経済を安定成長軌道に乗せることは、依然として今の日本経済にとって最も優先する課題であり、そのために本書の説く処方箋は明快である。最も重要なメッセージは、いわゆる基礎的財政収支(プライマリーバランス)改善を通じた財政緊縮をやめよ、ということである。増税と財政支出削減によってプライマリーバランスを改善すると、かえって財政が悪化することは過去10年の経験から明白である(図表5-5, p238)。財政再建は、経済成長に伴った名目GDPの安定的な増加によってこそ実現できるのである。
財政政策と金融政策の協調については、「デフレの経済学」では言及が無く、日銀在職時の経験が本書に反映されて新たに強調されることになったと思われる。とくに、「給付付き税額控除制度」(p308)の提案は、消費増税の悪影響に対する有効な対応策としても注目される。ただし、ここで提案されている、マクロ経済安定化政策としての財政政策は減税や給付の強化である。経済政策は政府の裁量を増やして市場の活力を奪うものであってはならない、という従来の主張に添ったものであると言える。