「アベノミクス」の再機動策を提言: 「日本経済はなぜ浮上しないのか」 片岡剛士

最近、2014年4月に5%から8%になった消費税をさらに10%にするかどうかについての判断が安倍政権から示され、結局2017年4月まで約2年半延期されることになりそうである。その少し前の10月末には日本銀行が「「量的・質的金融緩和」の拡大」を行い、2013年4月初めの「量的・質的金融緩和」開始に続く追加の金融緩和を行った。本書は、こうした最近の経済政策の動きの意味を、豊富な実証データと一定の評価軸を用いてわかりやすく解説してくれる、時宜にかなった好著である。

著者は最初に、「アベノミクス」と通称されている安倍政権の経済政策の基本的な位置付けを示す。経済政策は主に三種類に分けて行われるものであり、まず一つは景気変動の波を安定化させ、加熱しすぎない好景気の状態を維持するための「経済安定化政策」である。その上で、生産のために必要な資源をより効率的で無駄のないかたちに使用できるようにし、生産性の底上げを図るための「成長政策」を行うことが必要となる。さらに、税や社会保障を通じて社会の公平度を高める「所得再分配政策」がある。「アベノミクス」は、「経済安定化政策」である金融緩和政策、財政政策と、「成長政策」を標榜する成長戦略からなり、「成長」に特化した政策パッケージである、ということができる。

本書では、2014年4月の消費増税の影響に焦点を置き、まず消費増税前の前半1年目の「アベノミクス」の評価を行っている。金融緩和がもたらした株高・円安による資産効果で民間消費が増え、公共投資が増えた結果、GDP国内総生産)は予想された波及経路どおりに増加した。物価上昇率もエネルギーや生鮮食料品を除いた品目において0.7%まで増加し、デフレギャップも減少した。正規雇用の減少と非正規雇用の増加を伴いながら、完全失業率は3.7%まで低下した。まとめると、景気回復は、資産効果を通じて高所得(高資産)層に、失業率の改善を通じて低所得層に及んだが、賃金は賞与を除いては上がらず、中所得層にはその恩恵はいまだ及ばないまま、景気回復の初期段階にとどまっていたといえる。公共投資も供給制約の壁に直面し、これ以上の積み上げは難しい状況になっていた。

このような状態で消費増税をした結果、名目賃金が上がらないまま増税分だけ物価が上昇したことで実質所得(名目所得÷物価)が減少し、民間消費支出が大きく落ち込むことになってしまった。その傾向はたんなる反動減にとどまらず続く傾向を示している。実際、本書刊行後に示されたGDPの7-9月速報値は、年率マイナス1.6%と4-6月期に続く落ち込みとなり、著者の予想は当たっている。消費増税により、「アベノミクス」は、金融緩和と財政緊縮を同時に行うことになって大きな矛盾を伴うものとなってしまった。このことは、消費増税分を除けば、実質賃金(実質所得)は増加していたという結果から明らかである。

著者は、このまま2015年10月に消費税を再増税すれば「アベノミクス」は完全に瓦解するとして、再増税を延期し、「アベノミクス」を再機動せよと説く。金融緩和政策においては、「リフレ・レジーム」を強化すべく追加緩和を行い、日銀法を改正して日銀の政策目標に物価安定を明記するとともに、雇用安定を含めるべきである。財政政策においては、供給制約に直面している公共事業ではなく、消費増税による実質所得の減少を緩和するために中低所得者に対する給付を強化する。成長政策は、デフレを完全に脱却した後の日本経済のあり方を決めるものとして捉え、ルールや枠組みを重視する「オープン・レジーム」のもとで規制緩和と対外政策(例えばTPP)を重視していくべきとする。さらに著者は、「アベノミクス」で重視されているはずの財政再建と、重視されてはいないが所得再分配社会保障)の双方の観点から、そもそも消費税は好ましくない税であると主張している。今回わかったことから、消費税は、加熱しすぎた景気を冷やし安定化させるために慎重に税率を検討しながら使うべき税なのかもしれないと思う。

今のところ、消費再増税は延期される予定となっており、追加緩和も行われた。実際の追加緩和の規模はまさに著者が予想していたとおりであり、著者の言う「アベノミクス再機動」への展開が見え始めている。近く衆議院選挙が始まるが、本書の内容と比較しながら各党の公約を吟味すると、現時点でよりましな経済政策を選択する方向に自分の票を活用できると思う。

そのほか、本書は、(刊行時点で)円安なのに輸出が思ったより増えていないのはなぜかという理由や、最近騒がれることの多い貿易赤字の増加についての解説など、時宜にかなった話題が盛りだくさんであった。