中世の村に生きる:「中世民衆の世界」 藤木久志

中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)

中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)

中世の村に生きることがどのようなことなのか、現代からは想像もつかないが、本書は古文書や古い建物に残された落書きを丹念に読み解いて、その実像に迫っている。

中世社会は、自力救済が原則であり、身の安全や財産の保護を保証する確固とした法律も、その執行を行う公機関もなかった。自力の基本は暴力であり、村で犯罪者となった場合は追放されるか処刑され、持っていた財産も村の有力者たちによって没収された。しかし15-16世紀、戦国時代にさしかかる頃になると、村の掟に変化が現われてくる。恣意的な刑罰(私刑)を自制するようになり、刑罰を与える場合でも、財産は残された家族のものであることを保障するようになる。これは、村の成り立ちを支える個々の家の保存と存続への強い願いから来るものである。逆に言うと、それまで村の成り立ちは飢餓や戦乱によって不安定であり、この時代に至ってようやく安定してきたとみることもできる。

この頃になると、成り立ちが安定してきた村の活動はきわめて能動的である。村人は「惣堂」と呼ばれる共同の場所で結集し、領主とは互酬関係に近いような積極的な交渉を行い、交渉が決裂すれば公然と武力を行使し、山野の所有をめぐって周辺の村々と激しい戦争を行っている。江戸時代に入っても、こうした戦争状態はしばらく続いている。戦国大名や幕藩領主たちは、目安制度による直訴の仕組みを作るなど、村々の戦争状態の収拾に尽力した。

古文書の一文一文を丁寧に解説してくれるところが興味深い。特に、領主と村の1年間の儀礼をたどる第三章が面白い。村に在地していた領主だからとはいえ、ここまで細かく村に反対給付するのかと驚く。領主から課される軍役や労役に対してさえも、反対給付があったのではないかという指摘もある。しかも「1日四合飯二度」と、かなりの量である。これほどに飯を食べることができるのかという驚きもある。

本書から、室町時代から戦国時代にかけて確立された村の共同体としての自立性を垣間見ることができた。そして戦国時代から江戸時代にかけての日本社会が直面した大きな課題が、領主同士、領主と村、村同士、そしておそらく個人同士の恒常的な戦争状態(これが中世における「自力救済」の実態だろう)をいかにして終わらせるかということであったかということを改めて実感する。