とても現代的なスペースオペラ:「シンギュラリティ・トラップ」デニス・E・テイラー

 

 最近出版された宇宙SFの中であまりに大部でなく一冊でまとまった長編を探していたところ、ちょうどよい本書が見つかった。著者が言っているように、スペースオペラであり、先に続く展開への興味に任せて最後まで楽しく読める。何となく中盤で中だるみがあるような気もするがそこまで読み進めてしまえば、クライマックスの終盤まであっという間である。

物語の舞台は21世紀末の太陽系であり、人類起源の温暖化ガス排出が元となって生じた温暖化による気候変化が地球環境を劇的に変えてしまっている。読んでいて物語で展開されるスペクタクルは楽しいが、読後感は複雑である。気候変化にせよ、核戦争に代表されるような原子力災害の危機にせよ、科学技術文明の発達にとって惑星環境の脆弱さと不安定さは致命的であり、そのままでは必ず限界に突き当たってしまうという認識が作品世界の背後にある。そしてこの限界を突破することが、そのままポストヒューマンへの変貌(進化、とは言わない)につながるという展望がいかにも現代のSFらしい。

ところで、地球温暖化による影響を最小限にするつまり気温上昇を1.5度c以下におさえるためにパリ協定が結ばれ、日本も批准している。パリ協定というのはなかなか強烈で、下の図にみえるように、たった30年後の2050年には二酸化炭素の排出をゼロにして、以後は放出をしないようにするというとても野心的な計画なのだ。新型感染症に伴う自粛などあまりに甘くみえるような社会の変容を迫られているのである。最近つとに耳にするようになったガソリン車の新車販売禁止などの動きもこれに沿ったものだ。

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アメリカの次期大統領バイデン氏を支持している人々は本書の著者と同様に地球温暖化に対する強烈な危機感を共有し、二酸化炭素排出を削減するべく「グリーン・ニューディール」というある種の過激な社会変革を推進しようとしている。対するトランプ氏を支持する人々にとっては到底受け入れられないものであり、この点でのアメリカ社会の分断も深いと思う。

このような背景のもとで読み返してみると、本書はスペースオペラと称しながらも科学技術文明と人類の未来について強烈なメッセージを伝えていると感じられてしまう。