真の成長戦略とは:「日本経済を学ぶ」 岩田規久男

日本経済を学ぶ (ちくま新書)

日本経済を学ぶ (ちくま新書)

現在は、日本銀行副総裁としてデフレ脱却のための金融政策遂行に尽力しているであろう著者が、学者であった2004年当時に書いた、日本経済の入門書である。著者の主張はきわめて明快である。冒頭の「はじめに」で述べていること、「戦後日本経済の経験は、生産性を引き上げて豊かな経済を築くためには、マクロ経済政策によって物価や雇用の安定といったマクロ経済の安定化を図りつつ、市場を自由かつ競争的に保つことによって、人々の自由な創意と工夫を最大限に引き出すことが、もっとも重要な経済政策であることを示しています」に尽きる。

本書は同時に、「日本には、戦後、政府の産業政策がうまくいったので、高度成長が実現したという考え」(第五章)を強く否定する。産業政策とは、「政府が特定の産業に属する企業の行動に介入したり、企業に補助金を与えたりして、当該産業を保護したり、育成したりする政策」のことである。産業政策がうまく行かない理由は、対象となる産業を決める官僚は失敗の責任をとらないため、有望な産業を見つけだす誘因が彼らにとって原理的に存在しないためである。実際、通産省が1960年代に行った具体的な産業政策のうち、成功したといえるものはない。高度成長期に登場した、数々の日本を代表するような世界的企業は、産業政策とは関係なく、貿易自由化の恩恵を受けつつ自ら失敗のリスクを覚悟したうえで激しい競争を生き抜いたのだった。

本書執筆当時の2004年は、当時の日銀の金融緩和がある程度の効果をもって緩やかな景気回復が始まっており、もしかしたらデフレ脱却の方向に行くかもしれないと思われていた時期だった。本書で岩田氏は、1-3%のインフレ目標のもと、5-7%という比較的高い名目成長率を実現することで経済停滞を脱出することを説いている。これはまさに、2013年現在の政府・日銀が掲げている政策と基本的には同じものである。当時の金融緩和は、インフレ目標の約束がないままの裁量的な実施であり、デフレ脱却を達成する前の2006年に恣意的に解除されてしまった。本書執筆当時の2004年から現在までに失われた10年を考えると、残念に思うばかりである。

成長戦略とは、彼に言わせれば、人々の自由な創意工夫を最大限に引き出す政策である。1970年代イギリスの経済停滞に対しては、企業活動に対する政府の過剰な干渉をなくすことと、教育の充実とが処方箋であった。当時のイギリスのマクロ経済環境は、高インフレである。つまり需要に対してモノやサービスの供給が足りない状態であり、これを解決するためには、モノやサービスを供給する側の生産性向上が不可欠だった。1980年代のサッチャー政権のもとでこうした改革が実施された。しかし結局イギリスの経済停滞が終息したのは、1990年代以降である。これは1990年代以降にインフレ目標政策が実施されて、マクロ経済環境が安定したためである。成長戦略は、適切なマクロ経済政策が伴ってこそはじめて効果的となるのである。一方、2004年も2013年現在も、日本はデフレであり、成長戦略を効果的に実施するためには、金融政策によってデフレを脱却させ、マクロ経済を安定させることが重要であることは、本書が一貫して述べている主張である。

本書では最後に、現行の揮発油税所得税・消費税・法人税などを、二酸化炭素や廃棄物の排出量に課税する環境税に一部でも置き代えていくことで、人々の自由な創意工夫を引き出し経済成長を進めながら環境問題の解決につなげ、持続可能な社会を実現していくべきであると述べている。短期的にはマクロ経済の安定と自由な市場環境の実現が最も重要であるが、長期的にはこうした方向への政策誘導は意義がある。深刻な原発事故を経た現在、傾聴するべき主張である。