1923年の共和国建国以来、伝統的なイスラム教とは一線を画して世俗主義と共和主義、人民主義などの建国6原則のもと、近代化を進めてきたトルコの道のりはたびたび内戦に近い状態に見舞われる、苦難に満ちたものであった。本書は、建国以来、直近の軍事クーデター未遂(2016年)に至るまでのトルコの政治と社会を、建国6原則がどのように継承発展されてきたかという視点から分析している。
建国以来の最初の大きな対外危機は第二次世界大戦であるが、トルコは巧妙な外交政策で中立を保ち、最終的には勝者の連合国に加わって国家の生き残りを達成した。第二代大統領イスメット・イノニュをはじめとする政治指導者たちの力量に負うところが大きく、この点において破滅した大日本帝国と対照的である。イノニュは初代大統領のケマルに比べて知名度は低いが、第二次世界大戦後に複数政党制を実現して民主化を進めるなどトルコ史における存在感は大きい。
しかしトルコの政治は、激しいテロの応酬にまでエスカレートする政治勢力同士の対立やクルド問題が絡まりあい混迷をきわめる。不安定が頂点に達すると、建国6原則を堅持するとする軍部がクーデタをおこして政治をリセットするような状況が1990年代まで続く。
混乱を立て直し安定を実現したのが21世紀に入って政権を掌握した公正発展党である。公正発展党は親イスラムであるがそれは庶民の敬虔なイスラム教信仰を尊重するという点で反エリート主義という傾向が強いようにみえる。この点では世俗主義にこだわる軍部や共和人民党はエリート主義であり「敬虔にイスラム教を信仰しながら豊かな暮らしをしたい」というような庶民の願いをすくい取っていたとはいえない。
実際、公正発展党が政権を掌握してからトルコの経済成長はおおむね順調であり、住宅や保険など社会政策も拡充されてきた。マクロ経済政策については2002年以降インフレ率が安定していることが注目される。本書では言及されていないようだが、2002年以降、インフレ目標政策が導入されて効果を発揮しているのだ。経済の安定と成長に後押しされた公正発展党の統治は民衆の支持を保ち、結果として2016年の軍事クーデタの試みを潰えさせた。
経済成長したといっても所得水準や産業構造からみてまだまだ「中進国の罠」から脱却できているとはいえないしクルド問題やシリア内戦の影響など問題はあるが、21世紀に入り躍進した新興国の典型として今後も注目していきたい。この点では中国との類似性も感じられる。またアメリカの中東撤退の流れは今後も続くと思うと、中東の地域大国としてのトルコの存在感はさらに大きくなることだろう。
ところでトルコの(公正発展党の)政治家たちは2002年以降マクロ経済政策を理解して政治の安定に活用してきたと言えそうだが、日本でも2013年以降ようやくそうなりつつある。最近の与党の党首選挙における政策提案ではマクロ経済政策がきちんと論点になっていて、その傾向はいよいよ明らかになってきたように思える。