日銀副総裁の退任以降、活発な出版活動を続けている著者が、今取り組んでいるという「資本主義論」のうち現代日本の格差問題を論じた部分を出版したのが本書である。大前提としてデフレ脱却というマクロ経済環境の問題解決ありきというのが基本中の基本である。日銀に入り大規模金融緩和政策に関わってきたなかでの政治家たちとの様々なやりとりの記述が興味深い。そうした中でついにマクロ経済政策への理解が政権担当者までいきわたったことが改めてわかる。一方で、どんなに説明を尽くしても絶対に理解しない政治家たちがいたことも事実として述べられている。最近の与党党首選挙でも、マクロ経済政策を理解している候補と、「インフレ率は経済成長の結果」と言いつつミクロ的な経済政策ばかりを並べる候補が出てきており、この点について論戦が深められるとよいと思う。
財政と金融のマクロ経済政策を順当に実施し、2%以上のインフレ率を安定的に実現することを前提としたうえで、今起こっている経済格差の問題を解決するためには、どのようなミクロ経済政策が望ましいかという論点が本書の最も大事な内容である。今起こっている経済格差の問題は77ページの図表1-17にはっきり表われているように、ここ20年で年収350万円以下の所得者層が大幅に増加していることである。これより高い所得者層は富裕層まで含めほぼ減少している。つまり「日本は信じられないくらい「貧しい国」になってしまったのである」(11ぺージ)。その直接的な理由は、高齢化による年金生活者と低賃金の非正規雇用者の増加であり、20年以上続いたデフレが背景にある。
マクロ経済環境を安定させ潜在GDPを十全に実現したとすれば、次に行うべきミクロ経済政策の目標は潜在GDPを底上げすることである。本書では、1) 中小企業保護政策から中小企業育成政策への転換、2) 労働契約と保育の規制緩和による正規・非正規雇用の区別の撤廃と女性の雇用促進、3) 年金の積立式への移行、について主に説明している。これにより労働力がより生産性の高い分野に効率的に配分されやすくなり、女性や高齢者がもっと労働しやすくなる。そして何よりも、正規・非正規の賃金格差や年金の世代間格差解消につながる。この点、当面積みあがった年金債務の解消のために新型相続税を使うというのは良い考えのように思える。
本書ではこれまでマクロ経済政策の啓蒙に注力していた著者が(本来のご専門?の)ミクロ経済政策に踏み込んで説明しており、著者の規制緩和に対する考え方が本人の具体的経験をもとに随所にちりばめられていて興味深く読まされた。本来あるべきリベラル(自由主義)な立場というものがよくわかる。
ひとつ気になるのが、本書では医療体制や健康保険のあり方については触れられていなかったことだ。財政の点からいっても医療体制や健康保険に関わる費用は膨大であるしもはや年金と同様に持続可能性を考えるべき状態になっている。消費税増税に隠れているが、健康保険料の度重なる値上げも日々の生活に直結する問題だと思う。また最近の騒動で明らかになったように、硬直的な医療体制のもとでは自由な経済活動が阻害され生産性向上どころか潜在GDPすら実現できなくなってしまうのだ。この点、本書のようなリベラルな立場から構想されるミクロ経済政策はどのようになるのだろうか。