希望の感触:「天の向こう側」 アーサー・C・クラーク

天の向こう側 (ハヤカワ文庫SF)

天の向こう側 (ハヤカワ文庫SF)

SF作家アーサー・C・クラークの、主に1950年代に書かれた作品の短編集である。本書はちょうど人類初の人工衛星スプートニクが打ち上がった1957年に出版されており、収録されている作品も、来るべき宇宙開発時代の展開を期待する作風のものが多い。表題作になっているオムニバス中編「天の向こう側」は、地球上空約36000kmの静止軌道を回る有人宇宙ステーションの話である。もうひとつのオムニバス中編「月に賭ける」も、米英ソ連それぞれで組織される人類初の月探検隊の話である。この頃は、宇宙開発は有人を中心に進み、21世紀初頭には地球周回軌道を越えて月や火星に有人探検隊が派遣されることが想定されていたようだ。最後尾を飾る「遥かなる地球の歌」は、月や火星を遥かに越えて恒星間宇宙に進出する人類の話である。

クラークといえば、スタンリー・キューブリック監督作の「2001年宇宙の旅」のノベライズが有名だが、そのストーリーは、悲観的かつ神秘主義的な雰囲気をただよわせている。本書でも、一部のアイディアストーリーはそんな感じだ。しかしクラークの作風のもうひとつの一面は、上記の諸作品によくあらわれているように、ユーモアにあふれ、未来を楽観するものだと思う。未来は自ら決められるものであり、避けられない宿命にとらわれたままではない、というような「希望の感触」(ニーヴンらの別作品「天使墜落」より)とでもいうべき雰囲気がある。クラークは「2001年」の続編をいくつか書き続けたが、その最終編である「3001年」では、「2001年」にみられた神秘主義を完全に否定し、ユーモアに満ちた、あっけらかんとした雰囲気を取り戻している。自分は、クラーク作品がもつこうした「希望の感触」に強く魅かれる。

2014年現在、有人宇宙開発は停滞し、火星、月どころか地球低軌道での宇宙ステーションひとつをわずかに維持するのみである。それでも、火星にいくつもの無人探査機を到達させ、ロボット探査車が火星表面で活動している。現在、民間の宇宙開発が進捗しており、おそらく民間企業を主力として、いつか再び人類が宇宙にさかんに進出する時期がやってくると思う。クラークが当時想像していたペースより、たった数十年遅れる程度だ。現在も続く宇宙開発熱のある部分は、クラークが残した諸作品の、とりわけ「希望の感触」に触発されているだろうと信じる。

人間がどこに住むべきだなんて、どうしてわかるんだい、父さん。何しろ、陸地に住もうと決心する前に、ぼくたちは10億年くらいも海にいたんだよ。いま次の大飛躍をやろうとしているんだ。それからどうなるかは知らないよ―でも、波打ちぎわに這いあがって空気を吸いはじめた最初の魚にだって、それはわからなかったんだ」(「天の向こう側」より)