自意識の意味を問う:「ブラインドサイト」 ピーター・ワッツ

ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈下〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈下〉 (創元SF文庫)

久々のSF小説である。冒頭から、脳を半分なくした男、異星人からと思われる謎の接触反物質を使った宇宙船駆動、乗員を人工冬眠させた太陽系外縁への長期宇宙飛行、吸血鬼、4人の人格が共生する言語学者、サイボーグとなった生物学者と兵士、等々、次から次へと真っ向勝負のSFらしいガジェットが登場し、良い感じだ。

異星人とのファーストコンタクトが主題となっているが、そもそも人類の代表としてファーストコンタクトのために派遣される面々が全員、本書では「ベースライン」と呼ばれている現世人類ではなく、いわゆるポストヒューマンであるところが、たまらない。それだけに、登場人物の行動の動機や意味が理解しづらく、読むのに時間がかかる。それも当然だ。現世人類の常識を越えた異質な価値観のありようを描写しようとしているのだから。そして、ファーストコンタクトの相手である異星人のありようは、さらに異様である。

人間の意識と現実をつなぐ知覚の関係は、なかなかに複雑である。本書でも、登場人物たちが異星の構造物を探索する際に、電磁気の影響による様々な知覚の混乱に惑わされる。ただ皆ポストヒューマンなので、それによって壊れることもなく、しっかり知覚の混乱を自分で認識しているのが格好良い。このあたり、ホラー風味で進行するが、本書の主題はそんなところにはなく、淡々と話は進む。

最後は、自意識を伴わない知性は存在しうるか、という問いを残して本書は終わる。もしかしたら、自意識は脳に寄生し膨大な資源を浪費する余分な機能であり、この宇宙では奇形的な存在かもしれない。自意識がなければ、おそらく知性はもっと効率的に活動できる。とりわけ生存条件が厳しい恒星間宇宙では、そのことは死活的に重要かもしれない。ただし、自意識がない知性が人類の進化の次の段階だ、という理解は間違っているし、本書も決してそのように描いているわけではない。進化には目的がなく、それは局所的にはたらく過程である。ある条件のもとで自意識は、自然選択において有利とはいえないまでも中立な存在ではあるのかもしれない。そうおもうと、ちょっと気分が安らぐ。