高校世界史の教科書が面白い。たまたま最近出た世界史の教科書(2016年版)を読んでみると、自分が学んだ頃の教科書(1982年版)の内容とは異なるところがいくつも見てとれる。
本書によれば、世界史には「世界の一体化」(本書、p3)に向かう一定の傾向がみられる。異なる自然環境のなかで、いくつかの地域世界が独自の文明を形成していたが、陸路と海路の双方を通じた地域間の交流関係がネットワーク化し、広い範囲に及ぶ広域世界が形成され、西暦1000年頃までにそれらの広域世界同士の関係が展開した。そして以降最近の千年間は、主に海路による遠距離交易が大発展し、西欧から始まった工業化と技術革新、帝国主義の展開による地球世界の形成を経て、20世紀末以降には、「国家だけでなく、企業や個人を主体とする世界経済の一体化(グローバル化)がいっそう進展した」(p414)。
40年ほど前に自分が読んだ教科書には、そこまで大づかみにまとめる視点はなかったように思う。各地域、各時代の専門家が分担してそれぞれ丁寧に書いたという感じだった。また、16世紀のいわゆる「大航海時代」は西欧諸国による世界制覇の端緒となる出来事であるという記載であった。しかし本書では、16世紀までにユーラシア大陸全体をつなぐ海上交易網が既に大発展しており、たまたま16世紀に西欧諸国がこれに参入したもの、という理解である。
「世界の一体化」には、いくつかの画期があった。13世紀には「モンゴル帝国」(p179)による「ユーラシア世界の一体化」が結実するが、14世紀の危機でいったん瓦解する。14世紀の危機は、北半球全体の寒冷化という気候変化によってもたらされ、ペスト(黒死病)が「ユーラシア世界の一体化」で形成された交易網を通じて大流行する。モンゴル帝国だけでなく、イスラム世界の覇者であったマムルーク朝も、「12世紀ルネサンス」を達成した西欧封建社会も衰退する。14世紀中国の明王朝による重農政策、鎖国政策や、西欧における主権国家群の成長は、この「危機の14世紀」(p159, p225)への対応の一環としてとらえることができる。
16世紀には、ユーラシア大陸の交易網に、南北アメリカ大陸が接続され、太平洋と大西洋を繋ぐ全地球的な交易網が形成される。中南米と日本で採掘された銀が新しい交易網に流通し世界経済が大きく成長し、「大交易時代」(p200)をもたらす。しかし、17世紀の気候寒冷化によって「危機の17世紀」(p253)が到来し、中国では明清の王朝交代、日本の鎖国政策などにより東アジアでの貿易の活況は失われ、西欧ではペストが再流行し、飢饉と戦乱の時代を迎える。
19世紀には現在の「地球温暖化」(p428)に続く温暖化が始まり、それとともに西欧諸国が牽引する「グローバル化」が本格化する。「グローバル化」の時代は、疫病大流行の時代でもあり、コレラやインフルエンザが「グローバル化」のネットワークを通じて次々広がっている。本書ではこの点についても詳しく解説しており、昔の教科書と大きく異なる特徴となっている。
2020年の現在、新型コロナウィルスが「グローバル化」のネットワークを通じて全世界に蔓延している。本書を読むと、「グローバル化」以降におきた疫病大流行は一時的に「世界の一体化」に影響したが、「危機の14世紀」や「危機の17世紀」のように「世界の一体化」そのものを衰退させることは無かったことがわかる。1918-1920年に大流行したインフルエンザも「世界の一体化」に影響するものとはならず、むしろその後に生じた経済危機がブロック経済化や全体主義の台頭などの深刻な危機をもたらした。今回の事態についても、疫病そのものを収束させることに加え、それをきっかけとして生じる可能性がある経済危機を防ぐことが必要だ。