「中国」か「台湾」か:「「中国」の形成」岡本隆司

「中国」の形成 現代への展望 (シリーズ 中国の歴史)
 

北半球の大規模な気候寒冷化をきっかけに生じた「17世紀の危機」は世界各地に大きな影響を与え、西欧では主権国家体制が確立し、諸国の対立が繰り返されていくことになった。一方東アジアでは明朝崩壊の後、清朝が試行錯誤の末に諸勢力の共存体制を創りあげた。「17世紀の危機」を清朝がどのように克服したかということが、岩波新書の意欲的な中国史シリーズの掉尾を飾る本書のおおきな主題のひとつである。

清朝の成功は、前代の明朝が担った華北・江南における伝統的な皇帝独裁体制を引き継ぐだけでなく、草原の遊牧世界と海洋の商業世界をも包含する支配体制の柔軟性によるものだった。18世紀には外国貿易の復活がもたらした大量の銀の流入によって経済活動がさかんになり、華北・江南を中心とした地域で漢人の人口が爆発的に増加した。清朝が明朝からそのまま引き継いだ伝統的な支配体制は拡大した漢人社会の統治にはまったく不十分であり、各地で武装秘密結社の跳梁跋扈を許すことになってしまう。19世紀には武装秘密結社による大規模な内乱や外国勢力の侵入が頻発し、20世紀の革命によって清朝は崩壊する。

こうした大混乱の中で漢人の知識人たちは、外国に対抗する「中国」という新しい概念を創出する。「中国」は、東アジアの諸民族が団結した「中華民族」による主権国家であり、清朝の勢力範囲を国家主権の及ぶ範囲たる「領土」としていた。20世紀の革命勢力は、国民党であれ共産党であれ、「中国」の実現を目標としていた。現代の中国共産党政権も「一つの中国」実現という方針については揺るぎがない。こうしてみると、「中国」は西欧の衝撃の産物であり、細かく見れば西欧の衝撃にいちはやく対応した日本の影響も少なからず受けている。極端に言えば、「中国」の対となる概念は「反西欧」「反日」ということになる。

「中国」をおし進める当事者としては、「中国」は歴史的背景をもった健全なナショナリズムであり当然の権利の主張ということになるが、部外者にとっては異民族を包含する帝国主義的な膨張指向に見えてしまう。今までは中国共産党政権の動きは不気味で理解不能だったが、本書を読むとこうした動きの背景にある彼らの「中国」への強い思いがあるとわかり何だか切なく思えてしまう。

ここで台湾を考えれば、最初は軍閥の地域支配から出発したが数十年の歴史経過を経て「台湾人」による民主的な国民国家に成長したとみることができる。現代の中国に住む人々にとってナショナリズムのよりどころは巨大な「中国」だけでなく、省レベルの各地域がそれぞれ自立しそれぞれの地域の人々の願いを隅々までしっかりと把握して、台湾のようにそれぞれ民主的な国民国家に成長していくという考えもあるかと思う。

「中国」なのか、「台湾」なのか、現代の中国に住む人々にとって今後どのような未来がやってくるのだろうか。