一読して、結局、「ホモ属最後の末裔」として生き残ったのが私たちホモサピエンスだと思った。昔から、人類の歴史は、猿人、原人、旧人、新人と直線的な発展段階を経て現在に至るというイメージがあった。しかし、日進月歩しているDNA解析の最新成果から本書が示すように、共通祖先からホモサピエンスが分岐した60万年前から数万年前まで、ホモエレクトス(原人)、ホモネアンデルタレンシス(旧人)、ホモサピエンス(新人)等のホモ属各種は地球上で共存していたことがわかってきた。
しかも現在のホモサピエンスは、ホモネアンデルタレンシスをはじめとする、ほかのホモ属の種との交雑を経ている。ほかのホモ属たちは私たちの「隠れた祖先」(本書p34)でもある。
現在のホモサピエンスは、いくつかあったホモサピエンスのグループのうち、5万年前にアフリカを出て全世界に拡散したグループの末裔であることもわかっている。DNA解析によって、文字の無い時代の人類の歴史がもっと詳しくわかるようになるのが面白い。「アーリア人の大移動」の実態も、わかりかけているように思う。近い将来、歴史教科書の先史時代の記述はがらっと変わるだろうと思う。
なぜホモ属のなかで私たちだけが生き残ったのか。ほかのホモ属との交雑を経たうえでも、ホモサピエンス以外の生殖に関する遺伝子が排除されていることが興味深い。「私たちが残ったのは、単により子孫を残しやすかったため」(p65)かもしれないのだ。よく知られているホモサピエンスの旺盛な性欲は、生存に適していたということか。
いずれにしても、最終氷期が終わる1-2万年前までにホモ属の種はサピエンスだけになっていた。気温の変化(図)を見ると、最終氷期は最近1万年間に比べると気候変化が激しかったようだ。こうしたドラステイックな気候変化に耐えられずに他のホモ属が消滅したのだ、そしてサピエンスはその名のとおり賢かったからこの激しい変化を生き延びたのだ、と考えることもできそうだ。あるいは、サピエンスだけが温暖化した環境に適していたのかもしれない。意外にも他のホモ属は1万年くらい前まで生きていたが、温暖化しきわめて安定した気候を利用した農耕と牧畜の開始によってサピエンスが増殖することで他のホモ属を圧倒してしまったのかもしれない。
North Greenland Ice Core Project Members (2007)
しかし改めて図を見ると、最近1万年の気候は異常に安定しているように見える。サピエンスはたまたま異常に安定した温暖な気候のもとで生き延びたと思うと、今後はどうなるのだろうか。最終氷期みたいな気温変化では、食糧生産はどう確保したらいいのかと考えてしまう。今の安定した気候は、はたしてこのまま続くのだろうか。