- 作者: 寺本英,川崎広吉,中島久男,山村則男,重定南奈子,東正彦
- 出版社/メーカー: 朝倉書店
- 発売日: 1997/02/01
- メディア: 単行本
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本書は、最初に基本中の基本である単一種の増殖の数理モデルを述べ、次に捕食のモデルを述べ、これを基にして構成される2種、3種間の競争と被食・捕食者のモデルの振る舞いについて詳しく述べている。そこまでの知見から、多種間競争のモデルでは、多種同士の共存は基本的に困難であるという、大変興味深い結論に至る。さらに、単純な多種間競争のモデルに対して上位種による捕食を導入すると共存が可能になるという知見を元に、生態系中のエネルギーのやりとりを記述する非常に一般的なモデルを提示し、生態系一般の安定性、という壮大な概念のとば口に至る。
この本が出版された1997年から、2013年の現在を比べると、ひとつの大きな違いは、生態学における「ビッグデータ」の登場と、それを扱う高速計算機の発達であると思う。海洋生物の分野でも、ここ十数年の間に、人工衛星が毎日観測する海表面近くの葉緑素(クロロフィル)濃度のデータが蓄積している。海面や海中の水温、塩分や海流など、物理環境のデータの蓄積も膨大になっている。本書にとりあげられている様々な数理モデルが、当初の役割であった、一般的な生態系の特徴をとらえる思考実験の枠組みとしてよりも、膨大な観測データに現れている変動を定量的に再現し、現実の生態系変動の原因を探るための道具として試される時代がやってきたのだ。
さて、プランクトンの変動を表現する数理モデルで、いちばん簡単なものはこんな感じ。
海中には、被食者である植物プランクトン(濃度)と、捕食者である動物プランクトン(濃度)がある。植物プランクトンは、栄養塩(濃度)を使って光合成し増殖する。植物プランクトン、動物プランクトンと、栄養塩の総和は、決まった値で、常に変わらないものとする(式3)。式1は、植物プランクトンの濃度変動を表し、右辺第一項は光合成、第二項は動物プランクトンによる捕食、第三項は死亡の効果を表している。式2は、動物プランクトンの濃度変動を表し、右辺は、捕食によって増殖する効果を表す第一項と、死亡を表す第二項から成る。上で書いたモデルは、NPZモデルと呼ばれ、簡単ではあるけれど、植物プランクトン中のクロロフィルの変動について必要最小限の仕組みを表わしているといえる。プランクトンの死骸などの浮遊有機物の変動を加えたり、栄養塩やプランクトンの種類を細分化したりして、限りなく複雑にすることはできるが、本質的にはすべて、このNPZモデルの枠組みが基本となる。
どんなにデータが増え、計算機が発達しようとも、数理モデルを用いる限り、本書が述べているような、モデルの基本的なふるまいを知らずに大がかりな計算を行うと、結果の解釈に惑うことがあるだろう。数理モデルには、前提となる付属の定数(パラメータ)と、計算の初期値が必要だ。パラメータや初期値の選択によって、モデルは様々に異なるふるまいを見せる。たとえば、ある初期値で計算を行うと、こんなふうに、生態系は振動する。栄養塩の量を固定し、外的な擾乱をいっさい与えなくても、モデルの非線形性によって自励振動が生じ、プランクトンが増殖と消滅をくりかえすような結果となる。
初期値を変えて栄養塩の量を減らすと振動は消え、生態系は安定する。
そもそも海の生態系が、自励振動するかどうかについては今のところはっきりした証拠はないようだ。ただ、あまり激しい自励振動は、振動で個体数が減少しているときにちょっとした環境変動をきっかけにして絶滅をおこしやすくするように思う。たぶん、長い時間をかけた進化の結果、自励振動を起こすような種は淘汰されているだろう。ということで、モデルをほんの少し変えて自励振動をなくすようにしてみる。本書にあるように、動物プランクトンの死亡率を一定ではなく動物プランクトンの濃度そのものに比例するようにして(種内競争、あるいは上位種による捕食が暗に生じていると解釈できる)、さらに植物プランクトン濃度が一定値()以上でないと捕食しないようにしてみる(スイッチング捕食)。
すると、
こんなふうに自励振動が抑えられる。種内競争、上位種による捕食や、スイッチング捕食が、被食・捕食者のモデルのふるまいを安定化させることは、まさに本書に書かれてあるとおり。
さあ、こうして安定なモデルができたので、本格的な計算にとりかかってみよう。この衛星写真のように、計算機の中で植物プランクトンの繁殖がいつか再現できたらいいなあ。