この宇宙でひとりぼっち:「フルハウス 生命の全容」 スティーブン・ジェイ・グールド

フルハウス 生命の全容―四割打者の絶滅と進化の逆説 (ハヤカワ文庫NF)

フルハウス 生命の全容―四割打者の絶滅と進化の逆説 (ハヤカワ文庫NF)

いわずと知れた、グールドの進化についての啓蒙書である。結論は簡単。35億年以上前に地球上に生命が誕生してからずっと、出現頻度が最も多いという意味で最優勢であり続けているのはバクテリア原核生物)であった。この事実のみである。グールドの意図は、進化が、バクテリアのような単純な生物から人間のような複雑な生物へと続く、ひとつながりの過程である、という先入観を崩すことである。ダーウィン的な進化のメカニズムはその場の環境への適応として作用する。それはあくまで局所的な効果であり、環境が激変する十億年以上のきわめて長い期間で見ると、生物の進化は変異が偶発的に増大する過程としてとらえられる。

たとえば、複雑さを指標にすると出発点となるバクテリアは単純さの極点にあり、それ以上単純化することはないという意味で、「左壁」が存在している。「左壁」の存在を前提にして、進化を生じさせる変異が偶発的に生じるとすれば、複雑さの度合いを示す頻度分布は右側に広がっていくしかない。つまり、複雑さへ向かう方向性を想定しなくても、時間とともに複雑さが増大することは説明できる。知性をもった人類の登場も、複雑さが増大する右裾での偶発的な一エピソードでしかない。人類の登場は必然的ではなく、もう一度はじめから生物の歴史をくりかえせば出現しないかもしれないのである。

簡単なシミュレーションによっても、偶発性だけで複雑さの増大は説明できる。最初にバクテリアレベルの複雑さを想定し、時とともに偶発的に変異が増大し、ある程度の変異になると種が分化するとする。各々の種には一定の成長率があると仮定する。このモデルを使い、しばらくシミュレーション計算をすると、

のように、複雑さは増大する(分布は右裾に広がる)ものの、最頻はバクテリアであり続ける。複雑さへ向かう一定の傾向をシミュレーションモデルに加えると、

となり、最頻は、バクテリアより複雑な生物になる。しかし、自然界の現状は、生物の最頻はバクテリアであることを示唆している。バクテリアはありとあらゆるところに遍在しており、人体も膨大な種類、数のバクテリアと共生している。今では地球上のあらゆるところにバクテリアが存在することが知られており、地中深くにまでその勢力は及んでいる。高温、高圧の極限環境微生物の発見もひっきりなしだ。

知性=複雑さととらえるならば、知性の出現は決して必然的なものではない。ひょっとしたら、知性をもった生物はこの宇宙では人類だけかもしれない。異なった起源をもつバクテリア様の生物が宇宙を制覇しているのかもしれないし、何らかの偶然で宇宙に飛び出した地球起源のバクテリアが火星あたりに植民し繁栄しているのかもしれない。この宇宙でたった一人ぼっち、というのは寂しいが、いまここに自分がいることの途方もない偶然さに思いをはせると、不思議な気分になってくる。われわれ人類の将来の生存は、決して約束されたものではないだろう。かくも「複雑な」わが愛しき人類よ、生きのびたまえ。