まずデータを:「夜の経済学」 飯田泰之、荻上チキ

夜の経済学

夜の経済学

本書は雑誌連載をまとめたもので、話題は多岐にわたるが、もっとも興味深いのは、風俗産業(いわゆる「フーゾク」)や個人売春(「ワリキリ」)等様々な性的サービスについて、その市場としての特徴を、独自のデータ収集によって考察した1−3章である。

それによると「フーゾク」市場の規模はざっと年間3.6兆円、「フーゾク」従事者は30万人、ということだ。一学年あたりでは2.5-3.75万人というから、25-29歳の女性は一学年70万人ということを考えると、およそ20人に1人は経験する職業である、としている。「フーゾク」従事者の年齢範囲はもっと広いと思われるので、過大な評価のような感じも受けるが、ともかく比率という面では、それほど特殊な職業ではないということになる。

「フーゾク」のように店舗や店員を介さないで、インターネットなどで直接顧客を募集する個人売春(「ワリキリ」)市場は売り手や買い手の経済的特徴が限定されていて、「フーゾク」市場とは分断されているというのは、興味深い。「フーゾク」の場合は、価格が明示されていて市場は売り手と買い手の双方にとって開放的であり、地域による価格差は小さくなる。地域によって価格差があると「裁定取引」が容易に行われるので、「ノーフリーランチ」という自由市場の特性が良く出ることになる。「フーゾク」市場では、売り手については明示されていないが、少なくとも買い手にはこれといった経済的特徴付けがなく、平均的な成人男性、としか言いようがない。これに対して「ワリキリ」市場では売り手と買い手に学歴や収入の面で共通した特殊性がみられ、地域による価格のばらつきが大きい。これは、売り手と買い手が地域間を移動することが少ないためである。

「フーゾク」や「ワリキリ」という一般的にはよくわからない分野において、まずは独自にデータを収集し、真正面から正統的な統計解析を行った著者達には、率直に最大限の敬意を表したい。個人売春が本当に「ワリキリ」市場だけかどうかは、著者たちも巻末の対談で言っているようにわからないだろう。いわゆる「愛人」市場も、規模の大小はともかく存在しているかもしれず、そこでは「ワリキリ」市場とは異なった経済的特徴がみられるのかもしれない。

本書の一番のメッセージは、「まずデータを」ということである。データなしの思い込みで社会問題を論じると、生活保護のように誤った問題解決がなされてしまうことがあるのは、本書の第5章で論じられているとおりである。著者たちが言っているように本書を出発点として、もっとデータが増えて解析が充実していくことを期待したい。