日本の防衛にはいくら必要なのか: 「自衛隊の経済学」桜林美佐

安全保障法制の改変に伴って様々な議論が行われている中、本書は、日本の防衛とそれを支える防衛産業の実態について、数字をあげながらわかりやすく紹介してくれる。まず考えなければならないのは、日本を防衛するためにはいくら必要なのかということだ。国を防衛することは、戦争になったときに対処する、ということにとどまらず、そもそも戦争にならないような状態を作り出すことである。そのための要件として、本書では以下の五つの要件、1)民主主義、2)経済的依存関係、3)国際的組織加入、4)同盟関係、5)軍事力の差、が示されている。現在の日本と周辺の国々との関係にあてはめれば、米国に対しては5)の軍事力の差が圧倒的で、それだけでは防衛不可能であるが、4)の日米同盟で日米戦争の危険は皆無となっている。1)−3)に関しては極めて良好な状況であることは言うまでもない。一方、中国に対しては、2)は相当なものであるが、1)、3)、5)はかなり厳しい。たとえば、中国は核兵器保有しているが、日本はそうではない。しかし、4)における日米同盟があるので戦争にはなりにくい状況である。

問題は、上記の五要件のうち日本の防衛において現実的には最も重要な要件となっている日米同盟の今後である。日本周辺の北東アジアの軍事情勢は不安定化しているというのに、米国は最近、北東アジアにおける軍事的な関与を負担と感じているようである。冷戦期におけるソ連と、現在の中国・ロシア・北朝鮮とを比べると、米国自身の防衛にとっての重要度は違うのである。実際、米国で今行われている大統領選挙での議論において、北東アジアを含めた海外における軍事的な関与の縮小が取りざたされている。また、日本国内の米軍基地をこのまま維持するのは、沖縄の状況を鑑みても可能であるとは思えない。こうした情勢において、現在の防衛費約5兆円(GDP500兆円の1%)は少ないのではないか、と本書は言う。

ただし、防衛を支える防衛産業は、他の産業と異なり、発注者が国に限られ、受注者側の企業も数少なく、通常の市場原理が働かなくなっている。産業の規模は日本の場合でGDPの0.39%(2010年度)ときわめて小さく、やみくもに防衛費を増やしても民間の需要を圧迫するだけで、経済全体に対するインパクトは小さい。となると、経済的な観点よりは政治的・軍事的観点から適正規模を考える必要がある。もし日米同盟がなければ、核武装や長距離弾道ミサイル、空母などの攻撃戦力を自前で構築しなければならず、必要な防衛費は、それを自前にやろうとしている中国と少なくとも同程度(20兆円、GDP比4%)は必要になるだろう。しかしそうではなく、日米同盟を前提としつつ、これを強化していくことを目標とすれば、10兆円(GDP比2%)を費やしてもよいのではないか、というのが本書の主張である。GDP比2%という水準は、英仏などの主要国と同程度の水準であり、国際的に見て違和感はない。GDP比2%は、トランプ候補がアメリカ大統領選での外交方針演説でまさに同盟国に要求している水準でもある。本書ではさらに、米国とだけではなく、武器輸出などをつうじてアジア周辺国との関係を強め安全保障を強化していくことも提言している。

私はいまだに冷戦期の日米関係の印象が強く、米国は自身の必要のために日本を前線基地として使っているかのように考えていた。本書を読むと、もはやその認識は間違いで、いまや米国が日本との同盟から去る可能性すら考えておかねばならない、ということに思い至るのである。そして、「日本が適正な防衛費を使ってこなかったからこそ、北東アジア地域の不安定さが増している」という本書の主張を、真摯にうけとめたいと思う。周辺国との関係からみると、この二十年で経済だけでなく、軍事的にも日本は弱体化している。本書が言うように、お金をかけてこなかったからである。科学研究の面でも、国内の社会基盤整備の面でも同様だ。デフレ不況による「失われた二十年」の、当然といえば当然の帰結である。