大蔵省の「伝統」:「検証 財務省の近現代史」 倉山満

検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む (光文社新書)

検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む (光文社新書)

国の歳入と歳出を一手に担う財務省は、「戦後最強の官庁」として日本に君臨してきた。彼らの目標は、歳入と歳出が均衡する「健全財政」の実現である。その前身である大蔵省が明治維新直後に創立されて以来、政治の要請による際限のない財政拡大圧力に度々さらされ、政治との関係は常に緊張をはらんだものであった。本書は、150年にわたる、大蔵省・財務省がたどってきた知られざる歴史を、とくに昭和期以降における政治との関係に焦点を当てて描いた「本邦初の試み」となる力作である。

本書が抜群に面白くなるのは、政党政治が安定する(「憲政の常道」)とともに大蔵省が軍部をも圧する最強の官庁となった昭和初期の叙述あたりからだ。本書は、城山三郎の「男子の本懐」で流布された俗説を否定し、緊縮財政を強力に推進してデフレ不況を悪化させた井上準之助も、その後を継いで拡張的な財政政策を推進しデフレ脱却に成功した高橋是清も、基本的には自由主義経済を旨とする大蔵省の「伝統」に忠実であったとする。そして、高橋財政の後を継いだ馬場蔵相こそ、恒久的増税に伴う際限のない歳出拡大に踏み出した「異端」であった。その様子は、下図を見てもよくわかる。

(総務省統計局ウェブサイト公開データから作成)

戦後の大蔵省は、アメリカを中心とする占領軍や国内の統制経済を推し進めようとする諸勢力とたたかい、ドッジラインと呼ばれた財政緊縮を経て、戦後の自由主義経済発展の基盤を確立する。その結果、1960年代の高度経済成長が実現し、池田隼人(蔵相、首相を歴任)が描いた「経済による国民統合」が成功する。この時期こそ、大蔵省の「伝統」が輝く絶頂期であった。下図をみればわかるように、1960年代は歳出も拡大しているが、経済成長に伴って税収も拡大し、循環的な不況に伴い一時的に赤字国債を発行した福田財政時代以外は、健全財政が維持されていた。

(総務省統計局ウェブサイト公開データから作成)

高度成長が終了した1970年代には、「三角大福」歴代の政権が激しい政争に伴い歳出拡大を続けたため、健全財政は頓挫し、恒久的な赤字国債の発行に踏み切らざるを得なくなる。この時期以降、大蔵省は「シーリング」による歳出拡大抑制に努めるとともに、増税による健全財政の実現に努力するようになる。1980年代以降、歳出拡大傾向は抑制され、竹下登内閣により3%消費税の導入が実現した。バブル景気の時代には税収が増加し、新規の赤字国債発行を停止したほどであった。

しかし、バブル景気以後、政府はマクロ経済運営に失敗し、橋本内閣による消費税率引き上げ等をきっかけとしてデフレ不況が深刻化し、「失われた十年」の時代になる。大蔵省は、竹下登らとの政治闘争に敗れ、権限を縮小され名前も財務省に変わる。小泉内閣時代には金融緩和により景気が回復し税収も増加し、財政も健全化の方向に向かうかに見えたが、財務省からの独立を果たした日本銀行小泉内閣末期に金融緩和を解除し、デフレの維持を続けた。その後デフレ不況が再び悪化するが、財務省は、消費増税による財政再建を模索し続けている。本書は、現在の財務省への増税志向は、財務省の強大さによるというよりはむしろ、権限が縮小され政治の歳出拡大圧力に抗しきれないという「弱さ」によるものだとする。しかし同時に、恒久的な増税による財政再建は、大蔵省の「伝統」に反するものだと強調する。

最初の図を見ると、1980年代以降、一般会計歳出は増加傾向が抑制されているが、特別会計歳出は増加傾向が続いている。特別会計の過半は、社会保障国債償還である。少子高齢化が今後さらに深刻化し、社会保障関係費も増大していくことを考えると、現在の財務省が、将来の財政規律維持に不安を抱いていることは理解できるような気がする。実際、新たな消費増税をめぐる現在の議論は、「社会保障と税の一体改革」として位置づけられているのだ。

本書が言う、大蔵省の「伝統」は、自由主義経済を発展させ、経済成長とともに十分な税収を確保して健全な財政を実現することだ。戦後の占領期に日本は、戦前から続いた統制経済への志向をたちきり、自由主義経済による経済発展の道を選ぶことに成功し、これに対する大蔵省の貢献は大きかった。日本銀行の政策転換が実現しデフレを脱却したうえで経済成長路線に復帰する道が模索されている現在、本書が言うように、財務省が大蔵省の輝かしい「伝統」に再びたちかえることを期待したい。