蝦夷とは何者であったのか:「蝦夷の古代史」 工藤雅樹

蝦夷の古代史 (平凡社新書 (071))

蝦夷の古代史 (平凡社新書 (071))

701年に大宝律令が制定されるとともに、「日本」という国号を担って成立した古代国家は、日本列島の一部を支配するにとどまっており、今の盛岡市秋田市を結ぶ線より北側の東北地方北部と北海道は、その支配の外にあった。古代の日本国は、その地域に住む人々を「蝦夷」(えみし)と呼び、戦争や交易を織り交ぜて交流していた。

本書は、東北にあってその研究生活を古代蝦夷の実態解明に捧げた研究者が、その集大成を一般向けにわかりやすく新書としてまとめたものである。元々の内容は、定年前に研究生活を締めくくるものとして書かれた専門書四連作であるが、一連の成果が新書として一般の読者にも伝えられる機会を得たのは、本当にすばらしいことである。面白いところは、文献だけでなく、著者も自ら行ってきた豊富な考古学的調査の成果がふんだんに盛り込まれていることである。

本書が投げかける興味ぶかく重要な問いは、「蝦夷」とはいったい何者であったのか、アイヌ民族日本民族との関係はどうであったのか、ということである。けっきょく「蝦夷」とは、東北や北海道に住んでいた縄文人の子孫であり、東北に住んでいた者たちは、平安時代末期の奥州藤原氏の支配を通じ日本国にとりこまれて日本民族となり、とりこまれなかった北海道の人々は、さらに北側のオホーツク文化とも交流しながら独自の道を歩んでアイヌ民族になった、というのが本書の結論である。民族とは、徹頭徹尾、歴史的な存在であり、日本民族とてその例外ではなく、本書にあるように様々な起源をもっているのである。

古代の蝦夷社会は、規模の小さな集落どうしが対立抗争をくりかえす「部族社会」であった、ということも本書の興味ぶかい指摘である。日本の他の地域でも、弥生時代は部族社会であり、そのような共通点は、後世のアイヌ民族、古代のゲルマン人ケルト人、アメリカ先住民にも見つけることができる。本書で著者が最後に示したこの興味ぶかい視点を、さらに展開した蝦夷研究の成果が今後出てくること、そしてこのような新書によってわたしのような一般人にも伝えられることを期待したい。本書を読んで、最近よく言われる「社会に役に立つ」学問というのはさほど意味のない言葉であり、学問そのものをしっかり行うことがそのまま社会貢献なのだ、と強く感じた。