「戦時体制」のグダグダ:「アジア・太平洋戦争」吉田裕

 現在の「緊急事態」と「戦時体制」を比べる議論がネットでもよくみられるようになった。「戦時体制」とはあの日中戦争、太平洋戦争の頃の日本の社会体制のことである。本書は、日中戦争の拡大発展として太平洋戦争をとらえ「アジア・太平洋戦争」(1941-1945)と呼んでいる。

本書を読む限り、この戦争の政治指導は最初から最後まで「グダグダ」であったとしか言いようがない。まず前提として、日中戦争の長期化で国内はすでに「戦時体制」に入っており、陸海軍の政治的発言力と予算は拡大を続けていた。陸軍は日中戦争を口実に対ソ戦(これは本気)の準備としての軍備拡張を続けており、海軍も負けじと対米戦争(これは本気でない)への備えを口実に軍備を拡張していた。著者が言う「制度化されたセクショナリズム」(p41、本書)が暴走を続けていた。

後からふりかえってみると、日中戦争を打開するために行った東南アジアへの武力進出が致命的だった。東南アジアへの武力進出は当地のイギリスの権益とまっこうから衝突するものであり、対英戦争は不可避となる。こうなるとアメリカがどう出るかが問題だったが、アメリカの姿勢は予想を超えて強硬であり、陸海軍含め皆が無謀であるとわかっていたのに対米戦争にも突入することになった。

日中戦争開始以来の軍備拡張によって太平洋における見た目の軍事バランスは英米を上回っており、短期決戦への誘惑をふりきることができなかったようである。議会や、新聞などのマスメディアも日中戦争以降の「戦時体制」の気運に煽られ、英米と妥協することが難しい雰囲気であったことも対英米戦争回避を困難にした。

この戦争はマリアナ諸島の失陥という戦局の転換により戦争終結を目的とする政治勢力が結集することで終わりを迎えることになるが、それから実際に戦争を終わらせるのに1年以上かかっている。いったんできてしまった「戦時体制」を終わらせるのはとても難しい。恐ろしいことにこの戦争による死者の多くは戦争を終結させるまでの1年あまりで生じてしまった。しかも戦闘そのものによる死よりも、餓死や病死のほうが多いのだ。やりきれない気持ちになる。

さて現代の日本に生まれた、新型コロナウィルスに対する「戦時体制」はどのように終わっていくのだろうか。決定的な「戦局」の転換があってもずるずる続くような、いやな予感がする。ワクチンをめぐる外交攻勢が活発になるなど、すでに「戦後」に向けた各国の動きが生まれているが、また今回負けてしまうのだろうか。