様々な言葉から浮き出てくる中世のダイナミズム:「法と言葉の中世史」笠松宏至

すぐれた研究者によって巧妙に概念化された古語は、それが現代語であるときよりも、はるかに魅力的で含蓄に富むひびきを伴って聞こえてくる。」(本書、p29)

と著者自身が語っているように、日本中世の古文書から様々な言葉をとりだして解説し、ありうる概念化に向けて考察していくという形式の短編が多く収められている。何となく、抽象的な概念化一歩手前で専門家が様々に試行錯誤を重ねていく様子を垣間見ているようで、面白く読める。

まとめて読み進めると、中世社会のダイナミズムが浮き出てくるようにみえる。「甲乙人」「中央の儀」「僧の忠節」「仏物・僧物・人物」などの言葉とその解説から、中世社会が脱聖化・世俗化し、たくさんのローカルな共同体が力を蓄え成長していった歴史のうねりが感じとれる。

一方で、「折中の法」「景迹の法」「傍例」などの言葉からは、「「知られざる」「口にされざる」法の大群が、何の効力をもつことなく、眠り続けていた」(p177)一方で、「一度法の名がよばれれば、それが「天下の大法」であれ「領主の故実」であれ、また立法権者たる天皇であれ、辺境の百姓であれ、ほとんど同次元の「法意識」をもってこれに対応せざるを得なかった」(p176)という、何だかややこしい中世人特有の法意識を知ることができる。中世人たちにとって法とは、多くの場合、思いもかけない幸運や凶事を召喚する魔法の呪文のようなひびきをもって聞こえていたに違いない。