エーラーン・シャフルと古代オリエントの終焉:「ペルシア帝国」青木健

本来、思想史を専門としており、一般向けとしてはゾロアスター教についての新書などを書いてきた著者が、ついにど真ん中の「世界史上に輝く」ペルシア帝国を全力で書ききった。まさに「世界史ファン」待望の好著である。

個別分野の研究に注力してきた歴史家がこうした通史を書くにあたっては、本書にあるようにいろいろと思うところがあるようだ。市井の一読者からすれば、ただただ嬉しい事この上ないのである。

ペルシア帝国といえば、これまではギリシアやローマの同時代人からの見聞をもとにそれらしく語られてきた。本書は、古代・中世ペルシアについての専門的な知見をもとにペルシア側からの歴史として新たに描きなおしているところが興味深い。言葉の響きからして違う。ダレイオスはダーラヤワイシュであり、サトラップはクシャサパ―ヴァンなのである。

ペルシア帝国は二つ興起しているが、本書では後半のエーラーン・シャフル、いわゆるサーサーン朝について特に詳しく書かれている。エーラーン・シャフルは、ペルシア州を基盤とするサーサーン家と旧パルティア系大貴族の連合を軍事的な基盤としていた。一方で、メソポタミアを中心とし、ペルシア湾交易で繁栄する都市文明を経済的な基盤とした。社会構造は、アーリア系らしくペルシア人の神官と戦士が権力を握る階級社会である。

古代末期のオリエントは東半をエーラーン・シャフルが、西半をローマ帝国が二分しお互いに引かず優劣がつかない状況だった。和平が成っている間は互いにその外側に向けて勢威を拡張し、オリエントの優越を示したが、戦争になると大変である。とくに7世紀はじめの30年に及ぶ戦争は「世界大戦」(本書、p26)という規模であり、互いに消耗しつくした結果、オリエントの古代秩序が消滅してしまった。

エーラーン・シャフルの国としてのあり方は徹底したリアリズムの産物であり、「叛乱を起こした者がいたら、容赦なく頭をぶっ叩く」(p24)ことである。宗教的秩序のあり方も、強い勢力が奉ずる神が偉い、というほどのものにみえる。皇帝の権力を掣肘する大貴族たちとの政治バランスが崩れると、繁栄する都市文明の富を背景にして創出した軍事力の歯止めが利かなくなった。帝国を維持発展させてきた「リアリズム」の破綻の結果が、「世界大戦」とそれに続く激しい内戦となった。

消滅した古代秩序を受けその「破産管財人」(p332)として、発展した都市文明に見合った新たな秩序を提供したのはイスラームであった。その後ペルシア人イスラーム世界においてイラン・イスラーム文化の花を咲かせることになった。エーラーン・シャフルの記憶は、後世のペルシア文学の素材となって様々に語り継がれることになるのである。