アレオフォーミングという可能性:「レッド・マーズ」 キム・スタンリー・ロビンスン

レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

火星への植民を迫力ある筆致で描き出し、1990年代のアメリカSFを代表することとなった三部作のうちの第一作目である。二作目の「グリーン・マーズ」、三作目の「ブルー・マーズ」という題名からわかるとおり、赤い砂漠の惑星を緑化し、やがて海を作り出すに至るテラフォーミングが物語の軸になっている。「レッド・マーズ」では、テラフォーミングによって人の手が加わる前の火星のそのままの美しさが描かれている。特に火星の北極冠の描写がきわめて異様で、印象的である。物語では、火星そのままの美しさを保とうとする「レッズ」という党派と、テラフォーミングを進めて環境を変えていこうとする「グリーンズ」という党派が対立する。「グリーンズ」の代表的論者である登場人物のサックスと、「レッズ」を代表するアンの論争が心に強く響く。とりわけ私は、サックスの言葉に共感する。

星を変えることは破壊することにならないよ。その過去を読みとるのは難しくなるかもしれない。けれど、その美しさはなくなりはしない。湖や森や氷河があったとしても、どうしてそれが火星の美しさを減らすことになるだろう。そうはならないと、ぼくは思う。むしろ美しさは増すだけだと思う。生命が加わるからだ。あらゆるシステムの中で最も美しいものが加わるのだ。しかも、どんな生命にもタルシスを崩すことはできないし、マリネリスを埋めることもできない。火星は常に火星でありつづけるはずだよ。地球とは違った、より寒く、より荒々しい星でありつづけるはずだ。でもここが火星であり、同時にわれわれのものであることは可能なんだ。きっとそうなるはずだ。人間の精神についてはこういうことが言える。人間になしうることであれば、人間はそれをなす。ぼくらには火星を変身させて、聖堂を築くように人類と宇宙の両方への記念碑として火星を築くことができるんだ。」(上巻、p306-307)

別の登場人物ジョンは、アンに対してこれを敷衍してさらに

ぼくらの子供たちがどんなものを美しいと思うようになるか、誰にわかるんだい。その感覚は子供たちが知っていることを基礎として生まれるんだし、子供たちが知ることになるのはここだけだ。つまりぼくらは惑星を緑化(テラフォーミング)する。けれど惑星もぼくらを火星化(アレオフォーミング)するんだ。」(上巻、p435)

と言う。人間と自然の関係は一方的なものではなく、常に相互作用しながら変わっていく。火星のテラフォーミングは人間のアレオフォーミングを伴う。生命の無い火星に生命が加わり、その生命は火星生命となる。それはとても魅惑的な考えだ。

と、ここまで書いているうちに、NASA「火星表面には液体の水が存在していることを発見した」というニュースが入ってきた。もしかしたら火星には独自の生命が存在しているかもしれない。その場合、テラフォーミングは許されるだろうか?