西郷隆盛と維新革命の死者たち:「維新の夢」 渡辺京二

だが私は彼の一生を通観して、文久二年にひとたび死者たちとともに異界の人となったこの人物が、維新革命後このような革命家兵士と農民のコミューンを仮定しないでは生きられなかったことを、水が地に浸みとおるように自然に納得するのである。」(維新の夢、p328)

昔、司馬遼太郎の小説をよく読んでいた。「翔ぶが如く」や、「竜馬がゆく」で西郷隆盛のことが魅力的に描かれていて興味をもったが、なぜ維新革命がいったん成就した後で事実上の隠退生活を送ることになったのか、どうにもよくわからなかった。渡辺京二の史論を集めた「維新の夢」第二部では、西南戦争(明治十年戦争)と西郷隆盛を繰り返しとりあげて論じている。西郷隆盛は言うまでもなく士族反動主義者ではなく、徳川幕藩制を打倒し日本の近代化を実現しようとした革命家である。西郷は、文久二年の藩政府による弾圧により多くの同志を殺され、自身も二度目の流刑を受けた時点で薩摩藩に対する忠誠を失い、以後、彼の忠誠は一貫して志半ばで死んでいった革命家兵士達にのみ捧げられることになった。西郷が夢見た近代化は、明治政府が目標とした西洋式の近代化ではなく、革命家兵士と農民とがつくる、新しき村の共同体による土地の共有を基本とする、別種の近代化であり、明治政府の方針とは根本的にあいいれなかった。西南戦争は、封建制の復活を夢みる諸隊も便乗して加わっているため士族反動の要素もぬぐいきれないにせよ、彼の眼からいえば別種の近代化を実現するべく起こした第二維新革命であった。司馬遼太郎は、「巨大な感情量をもって幕府を倒した西郷は、革命の成功で無用になったその超人的感情量を、維新によって没落した士族階級への憐ぴんにむけたのである」(翔ぶが如く、文庫版第一巻、p180)と書いている。渡辺京二の主張と一見似たようにもみえるが、根本的に異なった理解というべきである。